医師コラム

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死について31

「命の選別」の第二弾。今回は日本でも話題の「新型出生前診断」の話。

出生前診断というのは、胎児の遺伝子の異常を出生前に診断するもので、「新型」は妊婦の血液中に流れている微量の胎児由来DNA断片を解析することで、胎児の染色体数の異常(21トリソミーなど)を統計学的に予測するスクリーニング検査です。

確定診断には羊水検査が必要ですが、新型は非侵襲的でかつ高精度であるため、実際には高額な検査にもかかわらず普及しつつあるのが現状で、逆に日本ではマススクリーニング化が懸念されています。これらの検査は“診断して終わり”というものではなく、その結果に応じて「堕胎」の選択が発生します。当人たちも医者も「命の選別」をしたかったわけではないのに、「結果的」にそうせざるを得ない現実があるわけです。だから、この難題に直面する可能性がゼロではないのならば、「最初からその検査をしない」という選択をする人もいます。一方で、「出生前診断で異常が分かったら、いろいろ調べたり準備したりの期間がプラスになる」という意見もあります。

私が読んだ議論の中で一番心を打たれたのは、ダウン症(21トリソミー)協会代表理事の言葉。

「どのような遺伝子であれば生まれてくることを忌避されるのか」という問いを転倒させて、「どのような遺伝子であれば生まれてきていいのか」と問うてほしい。そこに明確な答えはあるのだろうか。

もちろん明確な答えがないからこそ、この検査のあり方を慎重に考え続けて欲しい、ということなのでしょう。理事がここまで真摯な問いを投げかける背景には、新型出生前診断の登場当時、ダウン症の人々や関係者たちに有形無形の心理的圧力がかかった事実があるようです。この検査のニュースを見聞きするたびに私の思考は様々な視点を右往左往して行き場を失うのですが、この社会的議論の向こうに、一人一人の悩める妊婦とその家族と医療従事者がいることは唯一見失わないようにしたいと思います。

医師 元田 玲奈